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アナトーク アナウンサーにインタビュー!

8月28日(土)、29日(日)にテレビ朝日で開催される、
現在大学3年生を対象としたイベント「アナトーーク」について、現役のテレビ朝日アナウンサー
田畑祐一さん、下平さやかさん、前田有紀さんの3人にお話しを聞きました。

江川:皆さんが学生時代、アナウンサーになるために努力していたことや、具体的に取り組んでいたことを聞かせていただけますか?下平さんからお願いします。

下平:当時は今ほどアナウンサースクールに通っている人が多くはなかったので、私もアナウンサーになるための努力というのは、実はあまりやっていないんですよね(笑)でも、学生らしく学生時代を過ごすっていうのはすごく大切なことで、普通の映画を見るとか、演劇を見るとか、旅行に行くとか、そういうことを一所懸命やっていました。あとは主にアルバイトをしていました。「マガジンハウス」っていう出版社、ご存知ですよね?

江川:「アンアン」の?

下平:そうです。あそこでアルバイトをしていました。それが一番忙しかったですね。他にも喫茶店でアルバイトをしたり、家庭教師をしたり。だから私、これといって大学生活についてお話しすることってないんですよ(笑)

でも、何でもない日常を面白く話すのが大事なことで、アナウンサーを目指しているから特別な体験をしなければならないということはないんですよ。

江川:すごく勉強になります。

下平:有紀ちゃんは大学時代、ちゃんと頑張っていたんだよね?

前田:私はラクロス部に入っていて、365日ラクロスのことばっかり考えていました。

江川:ラクロスってどういうスポーツですか?

前田:棒の先にカゴみたいなものがついていて、ボールを投げて、ゴールをして、点を取り合うスポーツなんですけど、それに夢中になっていました。だからアナウンサーになるための準備っていうのは何もしていなくて……。

ただ入社してからの研修が本当に厳しくて、私も「アナトーーク」みたいなイベントに参加したり、「アスク(テレビ朝日アスク)」に通ったりして準備をしていれば、入社してから、もう少し楽だったのかなと思います。なので、少しでもアナウンサーに興味がある方には、絶対に「アナトーーク」に参加することをお勧めします。

田畑:前田は慶應のラクロス部だったんだけど、その先輩に河野(元テレビ朝日アナウンサーの河野明子さん)という日本代表のキャプテンまで務めたとても優秀な子がいて、その河野が先にアナウンサーとしてテレ朝に入っていたわけですよ。だから河野の後輩というだけで我々の期待も大きくて。でも実際に入ってきたら、河野とは全然タイプが違うからみんなびっくりしてね。今、前田は大活躍中だけど、他にはいない特別な存在だから。

前田:いえいえいえ……。でも、準備した方がいいと思います。すごく大変だったので。

江川:次の質問なのですが、就職活動で大変だったことや苦労したこと、印象的だったエピソードなどあったら教えてください。

前田:テレビ局の就職試験は時期が早いのですが、その中でも私の年はテレビ朝日が一番早かったので、他の業種は受けられなかったんです。でも、一つだけ受けたものがあって、それがパイロットの試験でした。

江川:パイロットになりたかったんですか?

前田:子供の頃から空が好きで、父親も飛行機関係の仕事をしていたので、憧れがあって受けました。女性のパイロットも日本に何人かいるのでそれを志そうと思ったんですが、三次試験の日程が重なってしまって、いろんな人にどうしたらいいか相談したら、みんなに「有紀の飛行機には乗りたくない」っていわれて(笑)

全員:(爆笑)

前田:でも、「テレビに映るんだったらちょっと見てみたい」っていわれたので、目標をアナウンサー一本に絞りました。でも、それまでアナウンサーとパイロットの試験を並行して受けていたんですけど、試験内容がまったく違って面白かったです。アナウンサー試験は面接が中心だったんですけど、パイロットの試験では集中力を計るテストを2時間くらいやらされたりとか、飛行機についてどれくらい知っているかというテストがあったり。

今、他の業種で働いている友達の話を聞くとすごく新鮮だったりすることもあるので、学生の方にはいろいろな企業を受けてみることをお勧めします。会社をいろいろ訪問することで、自分自身を知ることにもなると思うので。

江川:田畑さんの時の就職活動はどうだったんですか?

田畑:僕の就職活動は今から25年以上前で、当時は就職協定がしっかりありましたから、大学4年の10月1日が解禁日だったんですね。そこから全業種が一斉に始めるので、基本的にはどこか1社からスタートしなければいけない、そのはじめの一歩をどうするかっていうのをみんな事前に決めておかなければならなかったわけですよ。

で、僕が最初からアナウンサーになりたかったかというと、そういうわけでもなくて、実家が商売をしていたので、そこの仕事を継ぐとばっかり思っていました。人様に胸を張っていえるような成績でもなかったですし……。

でも就職活動って1回しかないから、世間的に自分の力っていうのがどう評価されるのか知りたくて、せっかくだから一発勝負が可能な業種、しかも自分が好きな業種ってどこかなって絞っていくうちに、テレビでスポーツの番組を作ってみたいなって思うようになったんですよ。

それをOB訪問の時に伝えたら「確実にスポーツ番組に携わりたいなら、アナウンサーとして入ってスポーツ担当を希望するのが唯一間違いない道だ」ってアドバイスをいただきまして、実際、アナウンサーになるための勉強を始めたのは大学4年の夏休み前ぐらいでしたね。

だから、もちろんアナウンサースクールなんて通っていないし……。じゃあどうして受かったのかっていうと、下平さんじゃないけど(何でもない日常のことを)面白く喋ったということですかね。